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東海林太郎(小学校教員)
2000年 3月23日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載
女性は男性に勝ることが多い。(ーと、夫の立場に身を置く者として思う)。とり わけ母性は、男性がどうあがいてもかなわない。小学校でも同じである。わずか十二 歳の子供でも、大人に引けを取らない母性を見せることがある。六年生のお姉さん が、一年生の前に立つ時である。今回は、「芋煮会」という活動から垣間見た母性を 紹介する。* 芋ご飯と芋煮汁を作り始めて一時間。ようやくできあがる。六年生男子には「でき た。早く食おうぜ」と、先に自分の食糧を確保しようとする子が多い。 が、実際は、一年生にまずよそうことになる。なぜなら、お姉さんたちが「何言っ てるの。一年生が先でしょ!」と、焦る男子を制止するからだ。自分本位の男子に対 し、彼女たちは弱者への慈しみを持っている。かなわぬことを知っている彼たちは、 待つ。一年生が離れてから自分たちの分をよそう(よそってもらう)。 一杯目を早くも食べ終えた一年生が、お代わりをしにやってくる。お姉さんと一緒 だ。そのわきを六年男子のM君が小走りで追い抜く。「なくならないか:」という焦 りのためである。彼は、「部活が放課後あるのに弁当を忘れちゃった。食いだめしと かなきゃ」と言い訳をする。追い抜いた恥ずかしさ、もしくは心苦しさがあったのだ ろう。 ところが、彼がシャモジを手にしたとたん、「一年が先」というお姉さんの声が飛 んだ。彼はあきらめ、シャモジを彼女に手渡す。 お姉さんは、焦げたところが入らないように、細心の注意を払う。「ちょっとオコ ゲが入っちゃうけれどいい?」と確認もする。 そして、今度は待たせたM君に「ありがとう。よそってあげようか?」と、一声か け、戻っていった。彼女の母性はいかんなく発揮されたのである。■頭が上がらない■
ようやく、M君の番が来た。オコゲが残っているだけだが、とにもかくにも自分の 食糧を確保した。 彼は、笑顔と、「食えればいいんだ。」というつぶやきを残した。見ていた私は、 いとおしくさえ思った。 「君も、将来、奥さんに頭が上がらなくなりそうだなあ:。」 * さて、お姉さんとして確かな実力を築いた彼女たちだが、”弟妹”たちに出会った 四月からすぐ、お姉さんらしく振る舞えるわけではない。初めは、「どうしたらいい のか分からない」と訴える子が多くいた。 では、何が彼女たちをお姉さんにさせるのか。卒業間近に聞いてみた。「一年生っ てかわいいいもん」。あるいは「遊ぶと楽しいよ」とか、「すっごく仲良くなれた よ」ーこれらが答えであった。 ふれあう中で、喜び・楽しさを培ってきたのだ。 さらに、一年間をふり返り、「好きになってもらえて嬉しかった」「一年生の時の わくわくした楽しさを思い出させてくれた」と、感謝の気持ちを持つ子もいる。「為 (な)す事により学ぶ」のだ。■母と子のように■
三学期。一年生が六年生を招待して劇を見せてくれた。劇の後、お姉さんの一人 が、それまでペアを組んでいた一年生に、次のように語りかけていた。 「○○ちゃん、大きな声で言えてよかったよ〜。上手にできたね。たくさん言えた ね。練習、頑張ったでしょ」 口ぶりは、まるでお母さんのようであった。ほめられて恥ずかしくなった子は、近 くの同級生にちょっかいを出し始めた。 “お母さん”は、そんな光景を見てニッコリ。「もう一年生と遊べることもないだろ うから、こういうことが言えてよかった。」と、しみじみ話していた。 年下の子どもたちとふれあう中で、いかんなく母性が引き出されたのである。